東京高等裁判所 昭和28年(ネ)870号 判決
被控訴人は、被控訴人と栗田との間の代物弁済に関する約定は暴利行為として公序良俗に反し無効であるから、その約定上の権利を生ずるに由なき旨抗争するので以下この点について判断する。
そこで代物弁済に関する右約定における債権額と代物弁済の目的物と定められた本件建物の価格とについて検討する。
先づ昭和二五年一月一六日の被控訴人と栗田との間の準消費貸借契約なるものは元金を三二万円として成立し、この契約につき両者間に代物弁済に関する約定がなされたものであること前記認定の如くであるが、この三二万円なるものは先に見た如く、(イ)昭和二四年九月一五日の貸金残元金一〇万円と、これに対する同年一〇月一六日以降三ケ月間の月三割の約定利率による利息(損害金)、(ロ)同年一一月一五日約定利率月三割の割合により一ケ月間の利息として三万円を天引きされたに拘らず一〇万円の貸借が成立したとして、この元金一〇万円と、これに対する同年一二月一六日以降一ケ月間の同一約定利率による利息(損害金)から成るのであるから、旧利息制限法の制限を超過する利息を天引きした場合においては、天引利息中同法の制限の範囲内の金額と現実交付額との合算額につき消費貸借が成立するという理に従つて(ロ)の元金額を算定し、かつ、(イ)、(ロ)を通じて旧利息制限法所定の制限利率に従つて右各組入期間の利息(損害金)を算出し、以上の計算によつて右二口の元金及び損害金の合計額を算出するにそれは金一七万三九二二円余となるから、この金額が有効に準消費貸借の目的となり得た額であり、本件代物弁済に関する約定はこの元金額を目的とする準消費貸借について成立したものとせねばならぬ。
次ぎに昭和二五年一月一六日当時における本件建物の価格の調査に入るが、本件にあらわれた証拠によれば当時この建物に関して生じていた事情等当時の時価を判定するにつき参考となり又斟酌すべきものとして、次ぎの(1)ないし(3)の事実が認められる。
即ち、(1)、成立に争なき甲第五号証、原本の存在と成立に争なき甲第六号証、成立に争なき丙第一、第五号証に原審における証人石塚鶴吉の証言及び控訴本人毛利の供述並びに当審における証人大久保松次郎の証言及び被控訴本人の供述を綜合すれば、本件建物は昭和八、九年頃の建築にかかり、もと地下室及び地上四階から成り地下室と一階は鉄筋コンクリート造りでその他は木造であつたが、昭和二〇年戦災により木造部分が焼失して一階と地下室だけが残つたのを、前記石塚鶴吉において終戦後改修、改装して料理飲食店を営んでいたものであり、又その所在地は区劃整理区域に入つていて実坪一階五五坪四合四勺、地下室一一坪九合の本件建物については、昭和二四年六月二〇日に昭和二五年三月末日を期限とする移転命令が発せられていて、前面及び右側約三割を切断して隣地に移転させられる予定になつており、そのコンクリート混合の工合から見て、これに二階、三階を附設した場合果してこれに耐え得るかには疑問があるといつた状態にあつたのであるが、控訴人毛利はその一階部分(但し、後記の如く訴外田口某が借り受けていた部分を除く。)を昭和二四年七月頃被控訴人から当時右の移転と減坪の運命は知れていた状況のもとでカフエー営業のため賃料一ケ月最低一二万円(本来売上高の一定歩合)で、敷金一〇〇万円を差し入れて賃借したものであり、そしてこの賃料は間もなく改められ昭和二五年一月頃には月額一七万円とされていたことが認められ、(成立に争なき丙第六号証と控訴本人毛利の原審並びに当審における供述によれば、被控訴人の側からは更に賃料値上を求め、控訴人毛利の側からは月額一七万円とする値上は期間を限つてのことであり、その約定期間は終つたとして逆に値下を求め賃料についての紛争を生ずるに至り後者から前者に対する値下請求の訴が起されたことが認められるが、以上の事実はこれら証拠によつても明かな如く問題の昭和二五年一月より数ケ月も後のことである。)
(2) 控訴本人毛利の原審における供述によつて成立の認められる第二、第三号証の各一ないし三と同控訴本人の原審並びに当審における供述の各一部によれば、控訴人毛利は前記の如く本件建物の一階を賃借した後昭和二四年八月頃、その営業の都合上、被控訴人の了解のもとに、当時その一部(一坪余)を被控訴人から借り受けて煙草小売等をしていた訴外田口某からその使用権を一七万円で買収して同人を立ち退かせ、又、賃借してから昭和二四年八月末頃までかかつてカフェー営業により好適なように費用約一〇〇万円を出して賃借建物に装飾的店舗改造工事をなしたことが認められ、(控訴人毛利のなした工事の程度に関し、右認定を超える趣旨を述べる当審証人石津定一―第二回―の証言及び控訴本人毛利の原審並びに当審における供述部分は措信できない。)
(3) 被控訴本人の当審における供述によれば、本件建物の敷地は訴外東京建物株式会社の所有にかかりこれを被控訴人において賃借していたのを、父石塚鶴吉において右会社から買い受ける約束をなし内金の支払をしたのであるが残金の支払ができないためそのままとなり、昭和二五年一月頃においても依然被控訴人において賃借を続けていたものであることが認められるのである。(控訴本人毛利の当審における供述によるも、昭和二五年四、五月頃に同控訴人が本件建物を買い受けたりとして、右会社に敷地の直接賃貸方を求めたところ、同会社は石塚鶴吉との右売買が成就するかも知れぬ故、先づ同人の売買に関しての意思を確かめる必要があり、何れにせよ区劃整理の完了による現地の確定を見た上でのことにしたき旨を以て一応拒絶されたことが窺われるに止まり、―なお、その際右会社が借地権の譲渡は承認できず、新規の貸借なら応ずる旨を答えたかの如くいう当審証人石津定一(第二回)の証言部分は信用できない。―ここで問題の昭和二五年一月頃において、本件建物の敷地の借地権の有無について地主と借地人との間に紛争等のあつた事実はこれを認むべき何らの証拠もない。本件敷地の借地権は、昭和二五年一月頃において、単に普通の事例に見られる如く、地上建物の譲渡あるも地主において借地権の譲渡を承認するや否やは不明であるという範囲を出でなかつたものと見られる。)
そして、本件建物の所在地が所謂繁華街新宿の盛り場の一角に位することは当裁判所に顕著であつて、以上の諸般の事実を彼此対照して考え、原審鑑定人龝田稔の鑑定の結果に当審鑑定人熊倉信二及び平沼薫治の鑑定の結果の各一部に鑑みれば、本件建物の昭和二五年一月一六日当時における価格は、前記の準消費貸借契約の目的額の約五倍たる八十六、七万円を下らなかつたものと見られる。右当審鑑定人両名の鑑定中この判定に牴触するに至るかの如き趣旨の部分は採用できず、又右判定にそわない原審証人石津定一の証言控訴本人小寺の原審における供述、控訴本人毛利の原審並びに当審における供述はいずれも信用できない。(なお、控訴人等は、控訴人毛利が本件建物についてなした工事の費用が留置権との関連において建物の価格評価に影響する旨を強調するので、この点につき一言するに、右費用はたかだか有益費の限度を出でないものであることが前記認定及び弁論の全趣旨から明かであるところ、有益費については賃貸人は賃貸借終了の時において、その価格の増加が現存する場合に限り償還義務があるのであるから、前記認定の控訴人毛利の出費額が問題の昭和二五年一月一六日当時における本件建物の価格に直ちにそのままの額を以てマイナスに作用するものとなし得ないのは勿論のことであるし、又、本件にあらわれた証拠によつては前記認定の工事自体が右の当時の建物の価格にいかに影響するかを正確に知り得ない。)
して見ると、本件で被控訴人と訴外栗田との間になされた代物弁済に関する約定なるものは、元金一七万四千円足らずの準消費貸借につき、期限に不払の場合にはその少くも約五倍の八十六、七万円の価格を有する本件建物を代物弁済に取り上げられ得ることを約定したものであつて、その間著しく権衡を失するものというべきのみならず、しかも右準消費貸借の弁済期限は一カ月とされているのであつて、これらの点に被控訴人が従来右栗田から苛酷な条件の下に金借してその弁済ができず、揚句の果てかような約定をなすに至つた経過等から考えると、右約定は被控訴人の窮迫の事情の下になされたものと推認せざるを得ないのである。そして右の如く被控訴人の窮迫の事情の下に締結されその債務元金額と著しく権衝を失する高価格の物件を、債権者の一方的意思決定に従い代物弁済せしめられるに至る本件代物弁済に関する約定は公の秩序、善良の風俗に反する契約であつて、無効のものと断ずべく、このことは右約定が直接には被控訴人の申出によつてできたとしても何ら異るところはない。
(薄根 奥野 古原)